人間は標準がネガティブ思考。アタマの声を「聞く」ことで起きる本当の効果

ふだん、なにげない日常の中で無意識でいる。

この「無意識」って何も別に完全に電源オフしたおもちゃみたいな状態っていうことじゃありません。

無意識っていうとどうしてもそんなイメージを頭に浮かべてしまいがち。

 

どうも、ゆーこりん(XL)です。

ここのところ「さえないな〜」っていう感覚を受けることが続いてました。

いろいろ人生の舵取りの要領を得てきて、いろんなことが「こんな簡単にうまくいくの?」っていう流れにはなってきていても、

要領を得たからあとの人生自動運転でハッピーしかない〜〜〜♡というオキラクってわけじゃあなく。

 

むしろ「いろいろある」の「いろいろ」の中の、何も知らなければ

怒り、悲しみ、憎しみ、なんかの感情を”観察する”という態度なんてないわけで。

 

その全てに「飲み込まれる」という結果に対して、それがどこに原因があるかもわからず、そんな体験から受け取ったあまりにも苦痛の伴う感覚の記憶にさらに苦しむことになる、っていうのが「無意識」でいる状態が起こす結果です。

 

反対に「意識的に生きている状態」というのは

怒り、悲しみ、憎しみ、なんかの感情を”観察する”という態度が「ある」。

ここだけが違うだけ。

 

なのでここのところの「サエないいろいろ」から受け取る感情をツトツトと”観察”していました。

 

「観察する」って結局のところ実際どうするのか

Photo by Chase Clark on Unsplash

「さえない」っていうのは例えば

  • 入金が遅れてたり
  • パートナーとかお坊の態度がカチンとくるアレだったり、がっかりしちゃうかんじのアレだったり
  • たのしみにしてた商品の到着がことごとく遅かったり

とか。

そういうビミョーにとるに足らないことですが。

 

でも毎日の中でそういう「いやなこと」とか「なんか微妙に運が低迷してない?」みたいなことって、個人の中では結構大きな障害になったり…しません?

こういうときその「気分」に流されてなんとなくモヤモヤとして時間を過ごす、っていうのも十分「無意識」に入るんです。

 

こんなかんじの「なんとなくいやなこと」って、体感としてお腹のそこのあたりがどよ〜〜んとしてるはず。

この感覚をひろえたらラッキーで。
その”感覚”を観察しているとだんだんコトバが頭の上の方で聞こえてきます。(実際のサウンドではないですが、自分のアタマの中で絶えず行われているオシャベリに意識が向くので「聞こえる」かんじに感じます)

 

「聞こえた」らさらにラッキー。
たぶんここで自分がそのことからどういうネガティブな思考や前提を持ってるのかがわかる発言がどんどん聞こえてきます。

それこそずっと独り言をしゃべっているみたいに。

 

「見る」と見えてくる、出どころさえ思い出せない「思考」たち

Photo by Kaboompics .com from Pexels

出だし、「なんかネガティブよりな出来事」としてそもそもリストアップした上記の

  • 入金が遅れてたり
  • パートナーとかお坊の態度がカチンとくるアレだったり、がっかりしちゃうかんじのアレだったり
  • たのしみにしてた商品の到着がことごとく遅かったり

なんてことたち。

 

実はよく見てみると、それは”良く”も”悪く”もない単なる出来事なんですね。

 

だいたいここで自分に騙されるのです。
出来事があたかも自分に危害を加えるみたいに、なんだかネガティブな出来事の感じてしまうのはここ

 

その出来事によってグツグツと腹の底に湧く体感、感覚。

これが予兆とか直感みたいに感じてしまう場合もあるし、そんなことを思う間も無く「いやなかんじ」に思考がのまれていってしまうこともあります。

いや、というかこの感覚と流れを今回の「サエない週間(汗)」でよ〜〜く観察できたんですよね…。

 

まあ出るわ出るわ。
あんたはマイナス思考のデパートか!(昭和生まれ昭和育ち)ってくらいのネガティブな未来推測の言葉たちが!!

 

そう、今回の「サエない週間(しつこい)」でわかったのは、別に”サエない”認定されなかった出来事であったことについても、

基本的になんかしら疑ってかかってる

ということがわかったんです。

 

で、何して何がどう変わったか

Photo by Jason Blackeye on Unsplash

そこまで見えたところでわたしは、いくつかのこんな折の方向性をまとめておくことにいたしました。(ニュースキャスター風)

①まあ、誰かに対して何か思うことに関してはわたしもそうだから相手もそういうところは(同じ人間だし)あるであろう、という認識を持つことにした。

②ネガティブ認定、不幸認定していることについての真偽の見直し

③好みの認識に書き換え(思い浮かぶことがあったことだけ)

 

実際にこれをその場でそのときにできるかできないかは別として、とにもかくにも「思考はとりあえず”観察”という態度にまずは持ってとく」というスタンスでいることだけは常に意識していたんだけど

 

さらにそれをもっと細いことにも当て込んでいこう!という決意にいたったわけです。

 

もうこうなると完全に自分で自分を観察実験。
なので、またさらに上の方に目👀があるかんじもしてきます。

 

そうしたら何が起こったかというと…。

 

同じ出来事が現在進行形(解決はしていない状態)でも、特に妙にモヤモヤする体感はわかなくなった

対”相手”がいることに関しても、同じ出来事でもそこまで感情反応が起こらなくなった
 &反応していたときには見えなかった相手の裏にある気持ちを感じ取ることができるようになった
 &落ち着く、解決するスピードが嘘みたいに早くなった

 

まずは「じぶんの方だけの変化」とプラス、「相手の態度にも変化」がありました。

これを他にも応用すりゃあいいんだな!と自分で自分に学習もしつつ。

まあ、気持ちが穏やかになると9割がたは「解決」するわけで。

 

そもそも「サエない」って感じてただけで別に「問題」はその時点では生じてはいなかったんですよね(笑)

が、しかし。

 

不思議なもので、その時点で起こってない「不確定要素」であるはずのことも、信じ続けるとそっちの次元が開いていく、っていうのが、ざっくり(ほんとざっくりすぎもいいとこだけど)した量子力学的に言われていることでもあるのですよね。

※物理の世界や脳科学という専門学術の分野でも、そこに関係するこんな法則や見解、考察がおおまじめに存在します。ぜひ読んでみてくださいな。

 

過去のわたしはモロ、それのネガティブバージョンの生きる証人を念入りにやり続けてましたから、こんなことを真剣にやっているし発信までしている、というわけです。

「サエないこと」が起こったときはぜひおためしを♡

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